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2014年5月20日 (火)

キトラ古墳壁画を観てきました

キトラ古墳の壁画が、東京・上野に来ているということで、
観に行ってきました。

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今回、一緒に行ったのは、ペタシさんご夫婦。と、弟(笑)
 
美術館巡りしましょう、という話を以前していたので、数か月前に
この展示会に行きましょう、と約束していたのです。
 
仕事が忙しく、いろいろ心配でしたが、天気も良く、良い散歩のような
遊びができました~♪
 
ただ、すっごく並んでいて一時間待ち、とか言われましたけど。。。
 
 

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さて、キトラ古墳ですが、もともと、亀虎古墳と書きます。
 
奈良県明日香村にあり、高松宮古墳の近くにあります。
 
有名なのは、この壁画が出てきたことですね。
1983年にファイバースコープを入れて確認したところ、
壁画が見つかったことでニュースになりました。
 
高松宮古墳が1972年に壁画が発見されて、これが2例目になったそうです。
 
このキトラ古墳ができたのは、7世紀末~8世紀初めごろということで、
飛鳥時代の白鳳(はくほう)文化(645年~710年)のあった時代です。
 
この時代で有名なのは、やっぱり 『大化の改新』 っす。
 
ということで、聖徳太子よりも後にできた古墳なんですよね。
 
なんか、勘違いしそうですが、実は、法隆寺と同じ時代のもの。
ということで、法隆寺に以前有った壁画、『金堂壁画』と同じ時代っす。
 
そう考えると、きれいに描かれているのは、決して不思議なことではなく。
逆に飾り立てることのほうが自然に思えます。
 
 
そうやっていろいろ考えると、
そもそも、古墳ってなに? という疑問がわきます。
 
古墳は、お墓、でありますが、昔の王様のお墓です。
 
古墳時代、といわれているのは、3世紀後半から7世紀初めの間を指し、
卑弥呼の墓、と言われるものから、藤原家の墓、と言われるものもあります。
 
藤原鎌足の墓(阿武山古墳)というのもあるんですよね。
 
それで、多くは、宮内庁が管理していたりします。
だって、天皇家のお墓ですからね~♪
 
で、さらにちょっと疑問が。。。
 
じつは、古墳は関東にもいっぱいあります。
 
東北にもあります。
 
この時代、九州、関西に拠点があった日本は、
当然、王様のお墓だって、西側に多いと思っていましたが、
よくよく考えれば、千葉の印旛沼近くには古墳が多く、
成田空港にも、でっかい埴輪があるのは、そういう意味だったりします。
 
なぜでしょう。。。
 
ちと、面白い話で、埼玉古墳群というものが見つかったそうですが、
なんと、ここから、『三種の神器』が出土したそうです。
 
そして、中国の昔の書物には、大和の国と、日本の国があった、と
書かれており、東の国を日本と呼んだ、と記録にあるそうです。
 
(そもそも、卑弥呼も中国の書物に書かれていた呼び名で、日本で
 そのように呼ばれていたのではないようです)
 
ただ、2つの国の意識が中国にはあった、ということ。
そして、古墳時代には、多くの国があった、ということになるようです。
 
ただ、歴史ではそんなに国があったように聞かないです。
 
覚えなくていい、ということなのか、よくわかりませんが。。。
 
もともと戦争はたくさんあって、滅ぼされた国もあり、
そして、歴史が消された国もあったのかもしれないですね。
 
面白い話をもう一つ。
 
前方後円墳の有名なのは、仁徳天皇陵ですが、
大阪空港から大阪に向かう電車の近くに地図的にはありますが、
先日、大阪に行ったとき、電車から気合入れて探しましたが、
まったくわかりませんでした。(ただの山にしか見えないんでしょうね)
 
この仁徳天皇陵ですが、なんと世界一大きなお墓、だそうです。
 
世界三大墳墓のひとつだそうです。
(エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と併せて3つ)
 
そして、この前方後円墳は、日本独自のものと考えられていましたが、
最近、韓国でも見つかりました。
 
これは先日、NHKでテレビ放送していましたが、
日本には前方後円墳が3世紀からあったようですが、
韓国の前方後円墳は、5世紀くらいからのものだそうで、
現在の調査結果では、日本から、朝鮮に伝わった、と考えられています。
 
ここで見れます。NHKクローズアップ現代
 
ただ、NHKでも辛そうに大学の教授が言ってましたが、
韓国から伝わった、のではない、ということが、
その時には、日本側に遠慮があった、というもの。
 
全ては朝鮮、大陸から伝わった、という考えを否定することが、
厳しかったそうです。
 
でも、ひとつひとつ事実を明確にして、事実を明確にしていく、大切だし、
面白いですね~♪
 
あと、もうひとつ、事実を。
 
キトラ古墳壁画展、入場しても中で、30分は並ぶ、と言われましたが、
展示物が少なく、30分で出てきてしまいました(笑)
 
混んでいる理由、壁画が薄く、良く見えないために時間が掛かっていた。
だって、絵の大きさは亀の絵で、手のひらサイズですからね。。。
 
なので、一瞬っす。(笑)
 
このキトラ古墳の壁画は、2016年には、奈良県飛鳥村に展示施設が
出来るそうですので、今回見れなかった方はそちらへどうぞ。
 
ちなみにそこにこんなガチャガチャがあるかわかりませんが。(笑)

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個人的には、今は、先ほどの話に書いた法隆寺『金堂壁画』の模写の展覧会が
上野で行われているそうで、そちらに行きたい、と思っています。
消失してないので、この模写の絵が唯一の情報になるようです。
 
また、上野、、、、。

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コメント

毎回 勉強になります。

投稿: グランマ | 2014年5月20日 (火) 19時13分

グランマさん!

古墳、面白いですよ。
まだまだ謎が多いので、これから楽しみです♪

投稿: たる。 | 2014年5月20日 (火) 22時08分

たるさんて
いつも思うけど
ほんとに勉強家だね。

私も好きなものはかなりコアに
調べるけど
たるさんは各分野が広いから
読む側は学べますよ!

投稿: グランマ | 2014年5月21日 (水) 11時08分

小さかった・・・

投稿: ペタシ | 2014年5月21日 (水) 12時14分

グランマさん♪

自分で調べる勉強は楽しいです。
今はWEBでいくらでも調べられるから、助かります。

でも、一日がこんな感じに調べて過ぎていくってのも、
なんだか、他が何もできていないので困ったものです(笑)

投稿: たる。 | 2014年5月22日 (木) 00時16分

ペタシさん!

そう!片手サイズでしたね♪

投稿: たる。 | 2014年5月22日 (木) 00時16分

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