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2014年5月20日 (火)

栄西と建仁寺展に行く!

さてさて、上野でキトラ古墳を観た後、続けて、『栄西と建仁寺』展に行ってきました。

建仁寺 というと、京都三十三間堂の近くにあって、
以前の旅行では20分くらい歩いたら着いたと思います。

その玄関には、あの有名な絵が飾ってあります。

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  俵屋宗達 作 「風神雷神図屏風」

でも、玄関にあるのは模造品なんす。

(まぁ、たしかに入口においてあることなんてありえないんですが。笑)

ただ、行ったときに、本物がなくてがっかりするんですよね。。。

でも今回、やっと本物が見れる!

それも話によると、5年ぶりの展示っす!

また、尾形光琳という『燕子花図』(原宿の美術館にありますね)を描いた、
琳派の絵師さんがいますが、このかたが、「風神雷神図屏風」を模写しています。

なんと、会場である東京国立博物館には、こちらの「風神雷神図屏風」があり、
会場はちがいますが、見比べることができるいいチャンスなのです。

さて、見比べてわかりますか?

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■俵屋宗達 作(上作品)

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■尾形光琳 作(上作品)

一見、同じように見えますがいろいろ違います。

筆のタッチや雰囲気とかも違うのですが、
明確な違いは、雷神の色の使い方です。

赤を多様に使っているのが光琳作のほうになります。

もともと、風神は、青(緑)、雷神は、赤、と決まっているそうですが、
俵屋宗達の絵は、髪の毛のみで、あとは白を基調としています。

その違いのためか、雲の色も違うのです。

雷神なのに雲が薄い白っぽい色なのです。

理由はよくわからないですが、面白いですね。

なお、俵屋宗達は、「たらしこみ」という技法を創案したそうで、
その後、尾形光琳など、琳派にこの技法は引き継がれていきます。

たらしこみ とは、水の多めの墨で書いた後、乾かぬうちに墨を流し込むことで
にじませる効果を狙った描き方だそうです。

これは、その雲の表現で利用されているそうです。

雲、実際に見るとどうやって描いたのかよく解らなかったです。

だって、滲んだように見えないから。

もう一回見てみたいなぁ。

なかなか見ごたえありました!!!

ちなみに、俵屋宗達は1600年前後の人で
活躍したのは江戸時代初期になります。琳派の祖だそうです。

 

そして、今回の「栄西と建仁寺」展
この絵だけのための展示ではないので、そこの説明を。

栄西は、禅を日本に伝えた中国の人です。
鎌倉時代初期の人です。

禅は、もともとインド発祥の教えで釈迦由来の仏教です。
達磨が西暦500年頃、中国に伝えたものだそうです。

達磨がインド人だった、というのもびっくりだし、聖徳太子が生まれる前の
ひとだった、というのもびっくりです。(笑)

    雪だるま、も実はインド人だったのですね。。。

禅は、仏教の中の一宗派であり、禅もさらに細かくあるそうです。
なんでも日本に来た時46の教えがあり、しかし弟子に伝えられて流派、と
なったのは24。

そのうちの一つが、栄西が祖となった臨済宗だそうです。

(達磨が中国に入る前にも禅はいろいろな方が伝えていたようです。
 歴史をもれなく伝えるのは難しい。。。
 なお中国では衰退して、江戸時代頃には無くなってしまったようです。
 また、日本と中国の禅は、内容がかなり違うようです。)

禅は座禅のイメージがありますが、精神修行として座禅をします。
Wikiにもありますが、
「修行者本人の疑問・疑団が解消されるまでは、逃げずに疑問に正面から向き合う」
というものだそうです。

そして、心のありようを客観的にとらえ、それを積み重ねることで己の中の仏を
見出していくもの、だそうです。

そう、教えてもらうのではなく、自分で自分を問い、答えを見出してく、という
教えのようです。

注意: ただし、これは心の問題についてですよ。

         仕事とかに結び付けないでね!!!

そして、面白いのは、霊魂の存在を否定している点。
 
心は常に変化しており、一定ではない。そう考えると今ある心もすでにない。
幻のような存在ではないか。
体も同様に物質があつまっているが、いつかはただの物質へと帰っていく。
体も、心も幻である。
幻であるが故、死なない。
死なないからこそ、永遠である。
 
そんな考えだそうです。

(霊魂を認めるということは、生きることへの執着を生み、
 執着は教えに反するそうです。)
 
う~ん、面白い。
 
まぁ、今回の展示は、『禅とは』というものではなく、
禅寺の建仁寺にある文化を展示していたもので、
ここにたくさん書いた『禅』の話はあまり関係ないんだけど、
興味がわいて調べたので書いてみました。
 
間違いも多少あると思うので、読んだ方はちゃんと調べてみてほしいっす。

(禅の教えを数行でまとめるなんて、出来っこないですからね。。。)

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コメント

禅の教えは深すぎて
凡人には難しいもんですな(笑)

投稿: グランマ | 2014年5月20日 (火) 19時19分

グランマさん。

禅、といわれても実は何者なのか、
さっぱりわからず。
実際、今でもすこしぼやけた感じしか解りません。

仏教はキリスト教とかと同じように、
いろいろな形で理解されて来ました。

もともとは、八百万の神々を奉る多神教の日本では、
仏教もキリスト教も、この中に入ってしまう感覚なのかも
しれません。
ただ、違いは、多くの解釈が生まれるほど、
他の宗教は、神の声ではなく、人の声が反映されてしまった、
ということを感じます。

多くの人の意見でできたのであれば、さっぱりわからなくても当然のような気もします。。。

考えるの、よそうか。。。(笑)

禅は、ひとつの仏教の取り組み方のようでもあるので、
結果、武士道に繋がっていく、とも聞きます。

武士道、ちょっと興味があります。

解らないものをいろいろ調べて、関係ない知識を深めるのも
面白いです~♪

投稿: たる。 | 2014年5月20日 (火) 22時20分

日本は宗教に対して寛容だしね。
だから精神的な部分が
すごく発達したのかな。

キリスト教は一神教だから
きっとぶつかるんだと思う。
十字軍遠征なんていい例だよ。
白人の上から目線だよ。

己の姿と向き合うことに宗教は
いらないと思うが
迷ったときの道しるべ程度ならいいんじゃないかな。

拝んだり祈ったりして
魂救われるなら
人間こんなに苦しまないって(笑)
やっぱり
禅は自分の弱さとの戦いで
それを乗り越えて悟るなかな。

武士道も剣の道もそうだよね。
極める これかな?

投稿: グランマ | 2014年5月21日 (水) 11時16分

確かに迫力はありましたね!
一枚の絵に込められた思いというのは、時を越えても色あせないでちゃんと伝わるんですね~。

投稿: ペタシ | 2014年5月21日 (水) 12時17分

グランマさん!さすが、よくわかってる♪
今日は西郷隆盛の話が雑誌に載っていて、
ちと面白かったです。

今度ブログに書いてみますね。

投稿: たる。 | 2014年5月22日 (木) 00時33分

ペタシさん♪

そう、絵が上手いというだけでなく、筆のタッチで生まれる線が生き生きしていましたよね。
あの頃の画家は、やはり、ある意味武士だったのかもしれないです。

投稿: たる。 | 2014年5月22日 (木) 00時36分

戊辰戦争の時に
山形の庄内藩に礼をつくした方で有名ですよ
だから
西南戦争のときは山形から若者が応援に行った
くらいは知ってます。

かわって
官軍は会津藩に残虐な仕打ちをして
死体を腐らせてからすの餌にしたようで
だから今でも薩摩と長州は嫌われてます。

西郷隆盛の理想は素晴らしいと思いますよ!
ぜひ書いてください。

投稿: グランマ | 2014年5月22日 (木) 11時53分

グランマさん♪ 了解です~♪

投稿: たる。 | 2014年5月22日 (木) 23時27分

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