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2013年9月28日 (土)

日本の道路はなぜ左側通行なのか。

日本の道路はなぜ左側通行なのか。

 
この話は、何かで聞いたうるおぼえの情報に、
さらにネットの情報を足して、「こんな感じかなぁ」といった内容に
ちとまとめてみました。
 
なんで気になったのか、は、
4月からベトナムで右側ハンドルの車は輸入しないことが決まったそうで、
調べてみたら、意外と多くの国が輸入禁止していたのがわかったので、
興味が湧いた、ということです。
 
 
●よく聞く、日本人は左側通行説
 
もともと、日本人は左側通行であったと言われています。
 
これは、武士がすれ違うときに、刀がぶつからないようにする為
という話です。
 
よく、水戸黄門とかで、刀同士がぶつかって、「無礼者~!」って
斬り合いになってましたものね。
 
ただ、それもすれ違うときの話です。
 
江戸の大火の影響で、知恵伊豆こと、松平信綱が、
日本橋から秋葉原前~上野、浅草までの道を
延焼防止道路として拡張したという話があり、
幅のひろい路も昔からありましたが、
「左側あるけ!」とかルールで決まっていたわけではありません。
 
だから、「人とすれ違うときは左側」、としていただけ、と
思われます。
 
では、馬車は車の前に入ってきたんじゃねーの?
 
おおっ!たしかに。
では、馬車について調べてみました。
 
●馬車とかが入ってきたときの道路事情
 
江戸幕府は黒船来航から、横浜を開港しましたが、
このとき、初めて馬車が持ち込まれたそうです。
 
しかし、日本の道は本当に狭かった。。。
今でも自分がこどものころの路が僅かに残っていますが、
現在でも車が通れない路が多いです。
 
(実際は小川の横に道があったのが多く、
 今の道は川をふさいで作った路ばかりですね。)
 
そして、車輪が食い込まない馬車路ができたそうです。
明治元年の話っす。
 
そして、道路が混み合い初めてやっとルール化がされます。
 
明治14年にイギリスにならって、警視庁通達にて、『左側通行』としました。
 
ということで、ここから『左側通行』になったんですね~!
 
ここでまたさらなる疑問が。
 ・ なぜ、イギリスは左側通行だったのか。
 ・ なぜ、イギリスのルールになったのか。
 ・ なぜ、右側通行の国もあるのか?
 
ひとつひとつ調べてみました。
 
 
●イギリスのルールが日本に入ってきた理由。
 
幕末からのはなしになりますが。。。
黒船来航(1853年)は、
もともとアメリカは、捕鯨基地として利用したくて、「開港」を迫った背景が
ありました。(オランダ経由でお願い文書を出そうとしたほどっす。)
 
捕鯨の理由は、産業革命後、ランプの油として鯨が必要だったからです。
 
商売の先は中国(清)。
ちょうど、アヘン戦争(1840~1842年)がイギリス勝利で終わり、
香港の譲渡、その後、南京条約が結ばれた後の話です。
 
中国向け、といっても、欧米の人向けのものです。
上海に外灘(ワイタン)という、外国人居留地が出来たりしてますので。
出来たのは黒船来航の翌年。1854年っす。
こりゃ、早急な対応が必要ですよね。
 
でも、アヘン戦争のことは、すでに日本にも伝わってます。
その後、やってきた黒船。
 
幕府は怯え、アメリカに下手になり、
しかし国内では攘夷派を生み、倒幕へ進んでいきます。
 
さて、開国後。
 
幕府に近づいてきたイギリス・フランス。
これは国としてというより、一方的な商売としてです。
このとき、生麦事件がおきます。
 
イギリス人が大名行列を横切った理由で切りつけられた事件ですが、
このあと、
イギリスは軍艦で江戸幕府を脅し、賠償金を巻き上げ、
さらに、
薩摩側にも同様の賠償金を巻き上げようとして、
薩英戦争が起きます。
 
結果、引き分けに終わり、薩摩は英国の技術を取り入れようと動き、
英国は薩摩と取引するようになります。
 
(もともと、フランスとイギリスは仲が悪く、アメリカ独立を手伝ったのは
 フランスです。自由の女神も送ってましたね。)
 
そしたら、倒幕派が勝っちゃった。
なので、イギリスのルールをまずは手本にしよう!ということで
日本に左側通行のルールが入ってきた、ということです。
 
(もともと汽車もアメリカ幕府に許可貰っていて工事予定でしたが、
 新政府は、「それは前の幕府がした約束だから」と、
 イギリスと契約しています。)
 
●なぜ、イギリスは右ハンドル、左側通行なのか。
 
これは、馬車の歴史が関係するそうです。
馬車は鞭をつかうので、振りかぶったとき、後ろの人に
当たらないようにするため、右に寄った、という話。
 
そして、左側通行の理由は、
やっぱり鞭が通行人に当たらないようにする為、
通行人のいない側を右にしたということらしいです。
 
なんでもキリスト教の法王が、鞭から民衆を守る(安全)のために
左側通行しなさい、と指示したことから、
キリスト教の教え的になったみたいです。
 
 
●なぜ、右側通行、左側通行があるのか。
 
話によると、世界は元々左側通行。
でも右側通行が生まれたのは、ナポレオンの影響があったようです。。
 
理由は、
ナポレオンが左利きだったから、剣を持つ手が逆で、、、とか
戦いにおいて左右逆手になると相手が戦いにくいから
ナポレオンの戦術としたことから。。。とか
いろいろ諸説はあるようです。
 
でも、そんな理由で残ることはちと考えられません。
 
ここは想像なのですが
敵味方を見極めるためにルールを配布したのでは、と思いました。
占領した国で右側通行にすると、
左側通行の国の人は、有事の際、
進む方向にすべて邪魔がいるかたちになります。
 
こんな理由だと、関わった国は、すべてルールが変更され、
関わった国も戦うために、ルールを変えた、と考えられると
思いました。
(これはネットでは見つけられていないので妄想っす。笑)
 
ただ、以下の話しは本当です。
 
結果、ナポレオンが進行した国、ロシアなども右側通行になり、
結果、中国もその影響を受けています。
 
唯一、イギリスから独立したアメリカが右側通行の理由は、
闘争が多かったため、銃を持つ右側を歩くルールになったから、
だそうです。(すれ違った人に銃を取られない為。)
 
なお、日本が満州で鉄道を引いたとき、国ではすでに右側通行だったので、
人の通行などは、基本、そのままにしたそう。
 
でも汽車だけは、すれ違うとき、安全対策として対面式にしようと、
左側通行にしたところ、
「電車だけ左側通行だとおかしくないか?」と意見があり、
結局、電車も右側通行に後から変えたそう。
 
●日本に入ってきた車は右ハンドルか。
話はそれていましたが、明治になり、車が入ってきます。
 
ここで質問です!
  日本に入ってきた初の車は、右ハンドルか、左ハンドルか?
 
明治31年(1898年)フランス人技師のテブレ氏が持ってきた、
「パナール・ルヴァッソール」というガソリン車が初めて日本に入ってきた
車と言うことです。(写真は以下のリンク先を参照。)
 
 
で、この写真を見て判断するのは難しいのですが、
ハンドル(ステアリング)は、丸いハンドルではありません。
レバーみたいなものです。
 
そして、
クラクションが真ん中にわざわざ位置していることからも、
真ん中にあって、操作していたことがわかります。
 
 正解 : 真ん中。(笑)  たぶん。。笑
 
ちなみに丸型ハンドルが生まれたのは、1894年。
そして、丸型ハンドルがつきはじめたのは1898年頃からのようです。
 
先の話のように、車が走る前から左側通行が浸透し、
さらにイギリスにならった文化があるわけなのした。
 
 
 
●第二次世界大戦後の話し。
 
戦後、GHQ管理下に置かれた日本は、
やっぱり、右側通行に変えられそうになります。
 
しかし、マッカーサが、
車にしろなんにしろ、左側通行になっていた東京に居て、
無理だ、と思ったらしい。
なので、実は歩行者だけ、戦後に「右側通行」にルールを
変えられてしまっています。
しかし、この理由から、
沖縄では、右側通行に変えられてしまった。
(返還後、左側通行に戻している)
 
●世界の分布図 
 
まず、世界でどのくらい、右側通行/左側通行なのか。
wikiに乗っているこの地図を見ると良く解ります。
 
これ、面白いのが、イギリスが治めていた地域が、
確実に「左側通行」です。
 
  むむ、、、
  またくだらないことを調べてしまった。。。

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2013年9月22日 (日)

西澤潤一さんの話が面白かった。

今日、NHKで偶然観た番組が面白かった。

 
  シリーズ「モノづくり日本 再生への道しるべ」
   (3)「独創的研究を産業に結びつけるには」
      ■NHK特集
      「光通信に賭けた男 ~独創の科学者・西澤潤一~」
なんと、光ケーブルの発案者だそうで、そう日本で発明されたが、
実現は、日本でされなかった。。。
 
こんな話でした。
 
 
飛行機にしても、日本人がライト兄弟よりも早く発明していたかもしれない話が
あったり、と、独創的でありながら、実現できていないことが
多すぎです。。。
 
西澤潤一さんの話は、ネットで見ると沢山出てきます。
 
こういうひとを今からもっと注目して行きたいッす!

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エル・システマのはなし。

今度、オケの演奏を聴いてきます。

「エル・システマ・フェスティバル2013」っす。

「エル・システマ・ユース・オーケストラ・オブ・カラカス」の演奏ですが、

14歳から22歳の若者で構成された楽団です。

しかし、演奏はかなりのものです。かならず、感動させてくれると思います!

楽しみな演目は、以下のとおり。

■グリーグ :ピアノ協奏曲

そして、

■チャイコフスキー:交響曲第5番

 

「エル・システマ」というコトバを初めて知ったのは、
  指揮:グスターボ・ドゥダメル
  演奏:シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ
の演奏をNHKのテレビで偶然聴いたときです。

そのとき、

  「グスターボ・ドゥダメルはなんていい演奏を聴かせてくれるのだろう」、

と感動して、グスターボ・ドゥダメルのことを調べたら、

「エル・システマ」というコトバにたどり着きました。

 

そして偶然にも、「エル・システマ・ユース・オーケストラ・オブ・カラカス」の

来日公演、というニュースを観て、

グスターボ・ドゥダメルの「エル・システマ」を思い出し、ネットでまた調べました。

 

なんと、「エル・システマ・フェスティバル2013」が東京で開催されるそうです。
 
このステキなフェスティバル、絶対成功させたい!と思い、
チケット、取っちゃいました!!!
 
(一番安いチケットですが。。。参加することに意義がある!)
 
-------------------------------------
■10月10日(木)
モーツァルト :クラリネット協奏曲 イ長調K.622
モーツァルト :木管楽器のための協奏交響曲
マッティンソン:コントラバス協奏曲
 
■10月11日(金)
ヴェルディ         :「運命の力」序曲
グリーグ            :ピアノ協奏曲 (ピアノ:萩原麻未)
チャイコフスキー:交響曲第5番
 
■10月12日(土)18:00開演 
ヴェルディ      :「運命の力」序曲
モーツァルト    :木管楽器のための協奏交響曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番「レニングラード」
-------------------------------------
S席7,000円、A席6,000円、B席5,000円、C席3,000円、D席1,500円
   自分が取ったのは、金曜日のC席です。
 
詳細は、以下のページへ
  梶本音楽事務所 http://www.kajimotomusic.com/jp/artists/k=112/
  東京芸術劇場   https://www.geigeki.jp/performance/concert022/
-------------------------------------
 
「エル・システマ」とは、南米ベネズエラで生まれた、
音楽による教育システムのこと。
音楽家でもあり、経済学者でもあるホセ・アントニオ・アブレウさんが
設立したシステムだそうです。
 
目的はこんな感じらしい。
・ 音楽を学ぶこと、楽しむことは人の権利だ
  (国家による無償の楽器。教育の提供=運営する為のシステム)
・ 集団での音楽活動から、相手を尊重しハーモニーを作る価値観を育てる。
  (オーケストラを学ぶ意味)
・ 規律を守ること(集団生活)と、個性の表現を両立することを学ぶ。
  (個性とは、他人と違うことをする、というのではない
   と言うことなんですかね。)
 
結果、犯罪や非行への抑止力につながったそうです。
 
そう、音楽教育ではありますが、正しくは、『人材育成プログラム』なのだそうです。
 
理論だけでは終わらず、システムとして動かし、結果に結びつけたこと、
大変意義のあることだと思います。
 
なお、教育方法に、耳から音楽を教える「スズキ・メソード」を
小林武史さんが伝えたことにより、システム成立に貢献できたという話もあります。
 
日本でもエルシステマジャパンも設立されていて、
震災被災地での教育をしようという話も出ています。
 
このシステムはいま、世界に広がっています。
 
■今回の演奏紹介
 

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2013年9月20日 (金)

江戸城再建なんてしちゃいけない。

江戸城再建のコトバをWEBで見かけた。

 
江戸城再建は、やっちゃダメっす。
 
天皇がいる皇居に観光施設作ることも大きな問題ですが、
それよりも、江戸の大火で燃えてしまった天守閣を、
『もう戦国の時代ではないのだから、財政を考えて再建するのは止めましょう』、と
作らなかったものです。
 
そんな江戸時代や、日本人を自慢したい!
 
なので、作っちゃダメです。
 
この話の意図を考えたら、江戸城の天守閣が無いことが、
正しい歴史を理解するために必要なこと、と思います。
 
それで、案として、いま、ヴァーチャルで立体映像を作れるじゃないですか。
 
これを江戸城に利用できないか、と思ったりします。
 
再建ではなく、江戸城のCG立体映像を、初音ミクのように皇居に映し出す、というもの。
 
これであれば、遠くから見えるCG映像を見るために観光客も増えるはず。
 
出来ないことはないはず!
 
なんでもお金掛けて再建していたら、同じようなものが増えていきます。
 
再建以外の方法だって、ほかにもあるはず!
 
なんでも、ただ作ればいい、だと、利用されない公共施設が沢山出来た
過去のやり方と同じです。
 
 
 
ちなみに名古屋城。いま鉄筋ですが、木造で再建する話があるそうで、
これは賛成です。
 
でも、高齢者が登るときの話が、WEBに上がっていたけど、
誰もが観光できるように作るのが大切ではなく、
過去、どのような建物があったのか、1/1スケールで再現していることが
大切です。
 
さらに、
今の城内にある博物館の展示も、木造になったら別の建物内に入れる事になるので、
人に見てもらえる展示にならない、という問題がある、と書かれていましたが、
実際の展示物はチョットみたけど、あの展示は一部、ナンジャタウンの真似みたいで
不要だと思いました。
 
逆に立派なもの作って、入場料高く取れる忍者屋敷作ったほうが、
明確じゃないか?と思ったり。
 
展示が、ネットで調べたほうが詳しくわかったり面白かったりするレベルなら、
いらないですよ。ねぇ。。。
 
意見言ってる人は、実際に見てるのかなぁ。
 

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2013年9月16日 (月)

竹田恒泰っておもしろいね!

竹田恒泰っておもしろいなぁ。

 
たぶん一人で話させるよりも、だれかに突っ込ませると、
話が沢山出てくるんだろうなぁ。。。
 
ということで、面白かった映像を集めてみました。
 
 
 
 
 
 

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2013年9月 8日 (日)

2020年の東京第二オリンピック決定!

やったー!

 
東京オリンピック決定!
 
 
今回は、2020年という、なんとも語呂のいい年。
 
もっと日本を良い国にしていきたい。
 
ハラールマークも増えてくるといいなぁ。
 
インドネシアの人たちの日本土産のトップは、『東京バナナ』らしい。
 
ちゃんと、でっかくハラールマークが入っている映像が、
テレビで流れていました。
 
こんど空港行ったら探してみよう♪
 
なお、今日、さっき弟に新聞を買いに行ってもらいました。
 
東京オリンピック と書かれた新聞が一つしかなかった、と
買ってきた新聞には、確かに『東京オリンピック』とかかれていましたが、
 
 「マドリード優勢! イスタンブール!東京のみつどもえ」的な
 記事だけでした。
 
そう、5時くらいに決まったものなので、新聞、間に合わなかった!
 
明日、新聞買わなくちゃ!
 
仕事、ふえるぞ~♪
 

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